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ヒカルアマランサス残念
2011/08/06(Sat)
ヒカルアマランサス(高野)
先週撮った写真だが、このとき、向こうで手綱引いている、たぶん川辺助手 (間違ってたらごめんなさい) は、「あ、写真撮ってくれるんなら、乗っとけばよかったなあ」と笑顔で言ってくれた。
いつも「すいません、すいません」という感じで写真撮っている者にとって、こういう言葉は最高に嬉しい。

ひょっとして池江泰郎厩舎から高野厩舎に来た看板馬ヒカルアマランサスではないかと思ったので、「あ、これって、ヒカル・・・?」と言いかけると、「そう、ヒカルアマランサスです」
「あ、来週使うんですよねえ?」
「そう、関屋記念行きます」と歯切れのいい言葉が返ってきた。
これは調子いいんだなと踏んで、今週水曜入れのスポニチコラムで「おかず余らんサス?」てな意味不明の見出し付けて出したら、すぐにデスクから電話がかかってきて、「大変残念ですが、ヒカルアマランサスは鼻出血で出走回避です」と言う。
そうかと思いながら見出し差し替えた。

で、今日、競馬ニュース見ると「ヒカルアマランサス引退、繁殖へ」と出ていて、またまた驚いてしまった。
新興高野厩舎は村本善之(メジロデュレンの有馬、アドラーブルのオークスなど勝った元騎手)、池江敏行(ディープインパクトの調教担当)という二人の調教名人を泰郎厩舎から受け継いで、それもあってダービー出走を果たすなど大変好調だが、重賞馬ヒカルはやや早めの繁殖入りとなったようだ。

しかし高野厩舎にはジャッカル、リジルの期待のエーシン2頭がいるし、コスモルーシー、エイシンキンチェムという既にして新馬戦を勝った馬もいる。
「最年少ダービー・トレーナー」の称号を目指していくんだろうと思う。

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函館2歳取ったことある
2011/08/06(Sat)
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懐かしい写真が出てきたので出してみる。
ぼくは函館2歳 (当時の函館3歳) 一度だけ取ったことがある。(一度だけかい!)
95年のプラウドマンだ。単勝3700円、馬連7900円の穴馬だった。
なぜ取れたかというと、鞍上清山(いまの角居厩舎スポークスマン)が好きだったということもあるが、担当者と知り合いになっていたからだ。

この写真は95年7月31日の青森競輪場のバックスタンドで撮ったものだ。
全日本選抜競輪が行われていた。勝ったのは神山だったかなあ?
7月30日は札幌3歳があって(当時は札幌開催→函館開催の順だった)、こっちのビワハイジも取らせてもらって、うきうきと夜行で青森まで行き、先乗りの函館競馬場から船で来ていた小林常浩(現ライター)・矢作芳人(現調教師)両調教助手と合流する。
彼ら、何もまぶしくもないのに、グラサン付けて、思えばイキってたなあ。
もう一人一緒に函館から来ていたのが、写真左、横顔の諏訪忠治厩務員(中村均厩舎)で、彼が新馬プラウドマンを担当していた。

右はご存じ南井克巳騎手(現調教師)だ。
青森競輪場は特にバックスタンド裏が広くゆったりしていて(今はどうか分からないが)、そこをウロウロしていたら、何と南井さんが来ているではないか。
南井克巳は栗東でも屈指の競輪ファンで、しかもこの週から函館開催であり、さらにこの時期、日本で一番輝いていたナリタブライアンも函館競馬場に入厩して調整しているということだし、青森競輪場に南井克巳がいても全然不思議じゃない。
不思議ではないがしかし、前年三冠から有馬まで勝った騎手が競輪場の一般席をウロウロしているという、これにはノンビリしていたバックスタンド競輪ファンが驚いた。
恐らく競輪選手にサインもらうために持ってきていただろう色紙を手に、何人かが「あのう、もしかして南井さんですか?サインを」などとおずおず寄ってきたりしていた。
南井克巳はラジオ中継のゲストか何かでいっとき放送ブースの方に行くが、サイン攻めなどを交わしながら、基本はぼくらと同じく終日一般席観戦で、これには感心した。

で、この写真、もう一度説明すると、右から南井克巳騎手(現調教師)、まぶしくもないのに“サングラス兄弟”をやっているのが、矢作芳人助手(現調教師)、小林常浩助手(現ライター)で、写真一番左、横顔のヒゲの、若干怖そうなおじさんが諏訪忠治厩務員である。
諏訪厩務員、このときが初対面だったが、五分刈りの頭に口髭を生やし、呼びかけると濃い眉毛をひねってジロリと睨む。怖い。
その昔、調教師に対して「そりゃないぜ、セニョール」と言ったので、みんなから“セニョール”と呼ばれていた。しかしこの呼び名、当人が気に入っているのかどうかよく分からない。ウイナーズ・サークルで「セニョール、おめでとう」と手を振ると、こっち向いて「ボケが」と低くうなる。「おめでとう」と言われて「ボケが」と返す人間も珍しい。でも怒っているかというとそうでもない。口の端がわずかに緩んでいて、あれはたぶん一般人の“笑顔”に相当する。
千葉房総の生まれで、十代の頃、皇居の草むしりのアルバイトなどをしたあと、陸上自衛隊に入る。御殿場演習場で対空砲車両の運転手などを三年やったあと、厩舎社会に転身した。
しかしセニョール諏訪、そのコワモテの容貌とは裏腹に、馬に対する繊細なケアでは厩舎内外に定評があった。
キョウエイウオリア(83年、86年阪神障害ステークス、89年中山大障害)、ヤマニンマリーン(91年4歳牝馬特別)と来て、プラウドマンの函館3歳Sで5つめの重賞を手にする(この数年後にはマイネサマンサを担当して、さらに2つの重賞を加えた)。
中村厩舎のエース厩務員の一人であることは間違いないのだが、今年(2011)もらった厩舎スタッフ構成表には諏訪厩務員の名前がなかった。
もう定年退職になったのかなあ?
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早めの帰栗
2011/08/04(Thu)
トランセンド2
どうも夏場のトレセンは難しく、絶対遅れまいと午前5時10分には坂路上がったんだけど、「有力どころはあらかた終わりましたよ」と、頼みのグリーンチャンネルスタッフに言われて (だいたいが重賞馬、オープン馬の少ない時期だからね) うな垂れながら厩舎地区歩いていると、「う!GⅠ馬ゼッケン!」と驚いて慌ててシャッター押した。
ああ、でも残念。こんな感じでピンボケで、「コンデジの中では一番いいやつですね」と本チャンカメラマンからお褒めをいただいた新カメラなのに、やっぱり難しいなあ。

とにかくボケていようと何だろうと、これはトランセンド (安田厩舎) です。
JCダート、フェブラリーと勝ったあと、ドバイでヴィクトの2着に入って、「次はどこから始動するんだろう」と注目していたが、涼しいはずのノースヒルズ大山ファームからもう戻ってるんや。

噂では岩手の南部杯から始動ということらしいけど、ちょっと早くないのかなあ?
それとももう一度、大山に帰るのかなあ?

その次は当然JCダート目標だろうし、帝王賞圧勝したスマートファルコン (小崎厩舎) との対戦が楽しみでならない。
そのころにはエスポも再上昇の可能性があるし、日本ダートNO1は世界NO1という状況もあるし、トラン・スマート・エスポの3頭には、とにかくワクワクする。
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