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赤木高太・園田最終レース
2011/11/19(Sat)
(3)園田最終レース
まだ腕がないもんで、レースを撮ると、どうしてもボケてしまうが、これが赤木高太の園田最終騎乗の様子です。
メインレースにも出ていたが、このメインレースは中央・園田の交流レースだったので、赤木をはじめ、小牧も岩田康、勝った川島信二も、中央所属の騎手は馬主服を着ていたが、最終レースは園田の馬だけで、「園田の馬に赤木も岩田も小牧も乗る」という形だったので、みんな懐かしい園田時代の勝負服を着ていた (地方競馬はだいたいそうであるように、騎手は馬主の服ではなく自分独自の勝負服を着る)。

後ろから2頭目の「黒に白袖」のピンク帽が赤木高太で、この長年着慣れた勝負服を着るのはこれが最後となった。(ちなみに、その前の「緑に赤袖」の赤帽が小牧太)

「こすもす賞・赤木高太騎手引退記念競走」と副題が付いていて、「こりゃ絶対赤木に勝たせるんだろう」と思ったが6着だった。
そういうもんなんやね。涙。
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みんな知ってた?
2011/11/15(Tue)
ローズキングダム・アーセナルゴール右
これは天皇賞前の坂路坂上の調教風景なんだけど、左がローズキングダムで、右がアーセナルゴール(共に橋口厩舎)だ。
ローズの鞍上が赤木高太で、アーセナルゴールは上村洋行だ。
「あれ?赤木、橋口厩舎の厩舎服着てる(上村は自前の服)。橋口厩舎所属になったのか」と思ったが、橋口厩舎の調教はいつもフリーの小牧・上村が手伝っている。
3人の騎手が手伝って、でもある程度手伝ったら、レースでも騎乗させてやるというのが、この世界の不文律みたいなこととしてあるから、結構困ったりしないのかなあなどと考えた。
そしたら、横にいる人が「いや赤木は橋口厩舎で調教助手になるって聞きましたよ」と言う。
「ええ!ジョッキーやめて」
「はあ、そう聞きましたよ。中央の騎手試験も一次を筆記で通ったぐらいだから、調教師目指すんでしょう」
ふーん、それはありえるかもしれないが、でもまだそれは書けないな。正式発表じゃないからな。
正式発表じゃないこと書いて、こんなささやかなブログも炎上したことがあるからな、などと考えていた。

でもこの日の段階でスポーツ紙には記事が出てたみたいやね。
やっぱり新聞も読まないとアカンね。

でもJRAホームページにはたぶん出ていないと思う。
園田のホームページに「20日で騎手を引退する赤木騎手が、17日、園田でラスト騎乗を行います」と出ていて、あ、ほんとなんやと思ったぐらいだ。
園田のホームページの方が早いんや。

17日、園田行ってみようかと思ってる。
19、20日のどちらかでは、中央でのラスト騎乗もあるんだよな?
橋口さんが何か乗せるよな?
高井彰大のときみたいに“ラスト騎乗お流れ”というのは寂しいもんな。

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うかつ!
2011/11/07(Mon)
メイショウベルーガ2
最近はスポーツ紙やJRAホームページなんかも、あんまり丁寧に見なくなり、自分の馬券が当たった外れた以外は、そんなに注意しなくなってしまった。
うかつだった。
メイショウベルーガの天皇賞競走中止はもちろん知っていたが、そんなに大ケガとは思わなくて、また来年ぐらいには出てくるだろう、牝馬どうしなら、いいところあるはずだしなどと考えていた。

自分のブログページの書き込みを見て (教えてもらって感謝です) 大ケガ・引退を知るなんて。
でもあらためて「靱帯断裂」でも命を取り留めて、繁殖として上がれるということなので、まあよかったというべきなのか。
男馬にまじって、GⅡふたつ取って、立派だった。去年の女王杯も、あの外国馬さえいなかったらなあ。

厩舎ではほんとに大人しい牝馬だった。
池添厩舎というのは、オープンなところで、この写真は去年の春の撮影だが、洗い場に担当の古小路助手 (元騎手) がいたので、「ベルーガ撮らせてもらっていい?」と聞くと「ああ、馬房にいるから」と言われる。
一人で馬房に行ってみると、扉が閉まり、小さなカンヌキのようなものがかかっている。
「これ、開けていいんかなあ?」と周りを見るが、誰もいない。
しょうがないから、自分でカンヌキを抜いて、扉をそろっと開けると、ベルーガがぬうっと顔を出してくる。
何枚か写真を撮ったあと、「あ、ありがとね、天皇賞頑張ってね」などと鼻面撫でて、扉を閉めようとするが、今度は首をひっこめてくれない。
「え、もう帰るの?」という感じだ。
カンヌキまでかかってたんだから、扉を開けたまま帰るわけにはいかないし、困った。
「また来るからね、今日はこのへんでね」などと、飲み屋の別れ際みたいなことを言いつつ、なんとか首をひっこめてもらった。

最近では、これもかわいい牝馬だったチェレブリタ (荒川厩舎) の放牧先での急死というのがあった。
生きて、繁殖に上がり、子育てできるというのは、幸せなことなんだと思う。
また、出来れば、ベルーガのような芦毛の、おとなしくて、かわいい牝馬に会わせて欲しい。
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いい子を
2011/11/07(Mon)
レッドディザイア1
「レッドディザイア引退」の報は聞いていたが、何やらごちょごちょと用事にまぎれていて、更新怠っていました。
今日、知り合いのレッド・ファンからメールもらって、「そうや、レッドの写真上げとかないと」と思い出した。

この写真は実は古く、09年の8月末のものだ (一度アップしたことがあると思うが)。
この夏、松永幹夫厩舎はダンスアジョイの初重賞に続いて、サンダルフォンでも小倉の重賞を取り、一気に飛躍した時期で、「どうかなあ?」と思いつつ、初めて厩舎に入っていった。
幹夫調教師は帰ったあとで、ダメかと思ったが、留守番役の調教助手の人が大変親切で、ダンスやサンダルを撮らせてもらったあと、「あのー、レッドディザイアも厩舎帰ってます?」と聞くと、「あ、帰ってますよ」と、何と頭絡つけて外に出そうとしてくれた。
「あ、いや、もう、馬房写真で十分なんで」と、こっちの方が恐縮してしまった。
でも、レッドという馬名に、この赤い厩舎服、赤い頭絡がよく似合ってたね。

この年、ぼくは桜花賞、オークスとレッド◎でいって、どちらもあと一歩のところでブエナにやられていたので、この写真のあとの秋華賞は感激だった (ブエナ降着なのに配当は安かったが、涙) 。

結局GⅠはこの一つだけだったが、ドバイでの快走もあったし、立派に新興松永幹夫厩舎の最初のスターとなった。
いい子出してね。



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