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橋口湯呑み
2009/02/13(Fri)
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坂路小屋というのは大きいところで二つある。さらに基本的には馬場監視員室だが、そこに坂路モニターがあることから調教師もそこに座って坂路調教を見るという、そういう小屋が坂の上下に三つぐらいあり、坂路小屋は5つぐらいに分かれることになる。
その5つぐらいの小屋に、“坂路調教師”(坂路調教を利用する厩舎の厩舎長)たちは各人だいたい定位置を決めて陣取っている。
栗東に坂路調教というものが現れてから、すでに25年ぐらい経つが、“平地追い”を見る調教スタンドと違って、坂路小屋には「どの小屋に座っても坂路全体を見渡すことは出来ない」という弱点がある。どの小屋に座っても、調教師は実際の坂路コースと部屋にある坂路モニターを併用して自分のところの馬を診ることになる。
坂路コースゴール地点間際、大小二つある小屋のうち小の方、ここが伝統的に“坂路の大物”が座る場所になっている。
ぼくが92年、初めて坂路に上がった頃はこの前面、ガラスの前の一等席には戸山(ミホノブルボン)、小林稔(アドラーブル、タケノベルベット)、それに数年前シャダイソフィアを擁した渡辺栄の“坂路三巨頭”が座っていた。
いまは前面左端の一等席は坂路重鎮・橋口弘次郎の指定席だ。到着したときは中休みで橋口さんは厩舎に戻っていて不在、しかし窓際にはしっかり「橋口弘次郎」と書かれた湯呑みと愛用の双眼鏡と調教メモが残されていた。
隣には友道調教師と須貝新調教師がいて、後ろの席には現在の“坂路調教師”の代表格・音無調教師が通常座っている。そう、この坂路小屋は別名“橋口・音無漫才小屋”とも呼ばれていて、二人の掛け合い漫才のごとき宮崎弁での応酬が名物になっている。
015_20090213102348.jpg
そうこうしているうちに橋口調教師がやってくる。
それを追うようにリーチザクラウンの追い切りに乗る武豊と、フローテーション(ダイヤモンドS)の追い切りに乗るルメールがやってきて、少しだけ打ち合わせをする。
ぼくの前を武豊が通り過ぎたとき「うわ、武豊や」と思わず呟いてシャッター押してしまった。
おっさん、何年トレセン行っとんねん!

橋口さんと打ち合わせする武豊の背中だ(暗いけど)。
でも「え、この湯呑み、“橋口弘次郎”って名前入りじゃないですか、凄いですねえ」って、別に武豊は驚いてなかった。名前入り湯呑みはすでにこの小屋では常識なのかもしれない。
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コメント
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先生、坂路での取材ありがとうございます。
先生でしたらきっと坂路小屋で堂々としていても大丈夫だと思います。
2009/02/15 22:51  | URL | 典 #-[ 編集] ▲ top
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