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メイショウ関白太政大臣
2012/10/09(Tue)
メイショウカンパク
やりましたねえ、メイショウカンパク。
池添謙一の「なぜオレを凱旋門賞に使わないんだ!」のデモンストレーションだったんだろうねえ。
ぼくは同じ荒川厩舎のギュスターヴクライ頭の三連単でいって、カンパクはちゃんとヒモに入れてるし、ギュスタもちゃんと3着に入ってるし (直線入ったところでは勝ったと思ったんだけど) 半分ぐらい、くれー!

この写真は今年春の天皇賞前のメイショウカンパクです。
長年苦労してきたカンパクは待望の天皇賞には出られず、天皇賞ゼッケンも付けていないが、この秋の天皇賞は大威張りだろう。
でも、期待はやっぱり来春の長距離天皇賞か。
なんといっても、天皇と関白はツーカーの関係だからね。

メイショウカンパクといえば、約2年半前のシンザン記念が忘れられない。
このレース、カンパク◎にして (結果13着) スポニチコラムに「尿検査はメイショウ蛋白」と見出し書いて出したんだけど、当日面では普通の見出しに直されていた。
「あまりに下品だ」と判断されたのだろう。
これも、土日クビになった一因だったかもしれない。

あと、この写真、鞍上は当ブログでも馴染み、荒川厩舎スポークスマンでもある佐藤淳助手です。
当ブログのリンク「ブックログ」のところにも出しているし、佐藤助手のことは当ブログ以外にも色々書いてきたが、この歳、もう一度、あたらためて紹介してみたい。
写真の通り、見た目はなかなかカッコいいし、ぼくが荒川厩舎応援する源泉でもあるのだが、不思議なところの多い調教助手だ。
九州小倉の病院長の息子で、いずれ医者にという両親の期待を“裏切って”この世界に入る。妹「佐藤麻衣子」さんは有名なヨット選手で、シドニー・アテネと二大会連続でオリンピックに出た。
兄は乗馬、妹はヨット、さらに奥さんはハワイ大学出身のバイリンガルで、これだけみると“ハイソ人種”の典型のようだが、どうも昔から鬱屈しているところがあって一筋縄ではいかない。
長い独身生活の間もひたすらトレセン独身寮にこもり、「大丈夫か、淳ちゃん?」と思わせるところがあったが、急に豪華なバイクや、高いロードレーサー(自転車)を買って乗り回したりして周囲を唖然とさせた。
ある宴会のあと一緒に路地裏で立ち小便していたとき、周りが真っ暗で二人してドブにはまったことがある。「なんでや」とぼくが騒いでいると「乗峯さん、ぼくらの人生はこんなもんですよ」と淳ちゃん言って驚きもせず、ずぶ濡れ、臭いままのスボンで平気で歩いて行った。
てっきり一生独身なんだろうと思っていたが、7年ほど前、ハワイ在住の女性(どこでどう知り合ったのか全然分からん)と急激に結婚する。子供は作らないんだろうと思っていたが、いまは4歳ぐらいになる息子までいる。不可解だ。
でもいまでも一番印象深いのは、以前、内藤厩舎にいた96年ごろの話だ。
当時マルカダイシスという馬をを持ち乗り(調教と厩務を兼務)で担当していて、ユウ癖(体が揺れる)など特殊な癖があってなかなか未勝利を脱出できないマルカダイシスを、馬房内に畳を吊したり、リンゴのおもちゃを置いて注意をひいたりと様々な工夫をしながら矯正し、4連勝のあとGⅡ鳴尾記念を勝たせ、有馬出走まで果たした。
わずか半年で、未勝利から有馬記念へというシンデレラ・ストーリーはそうないはずだ。
でも、当時、佐藤助手はまだ20代半ばの若手だったこともあり、トレセンスタッフの間で「内藤厩舎の佐藤ってやつ、マルカダイシス連勝でテングになってるらしい」という噂を聞く。
そんな、いくら口の悪いトレセンといってもそんなことまで言わないでいいのに、内藤厩舎行って励ましてやろうと、厩舎に近づくと「やあ乗峯さん」と馬上から声が掛かる。
振り向くと「おはようございます、テング佐藤です」とマルカダイシスに乗った佐藤助手から声がかかる。淳ちゃんのヘルメットの上にはテングの面がしっかり乗っかっていた。昔からそういう男だった。

佐藤淳助手、もう一つ思い出がある。安藤厩舎所属時代の2005年、前ローマ法王・ヨハネ・パウロ2世が死去して次の法王をどうやって決めるかが延々報道されていた時期がある。
「新ローマ法王選出コンクラーベは三分の二の指名を得られなければ延々投票が続きます」というニュース解説を聞いて、大多数の日本人が「根比べやなあ」とダジャレを呟いた、あの時期だ。
「投票で決しないときは各国枢機卿たちは休んだり、祈ったりします」という解説には感心した。疲れて休むのは分かるが、祈るんだ、こういうときカトリックの偉い人は。「テメエ、何であんなヤツに投票した」とすごんだりはせず、祈っているうちに解決に向かうものらしい。
このとき安藤厩舎行って「不思議な世界だよねえ」と話していると、佐藤淳助手、じっと天井を見て「ヨハネ・パウロ2世みたいな人が厩舎にいてくれたらなあ」と溜息をついた。
「あのね、淳ちゃん、投票の合間にでも祈るんやで。困るやろ、そんな人が厩舎にいたら。馬洗ってカイバつけてくれと言われて、その前にまず今日のカテと世界平和への祈りを行いましょうって言うんやで。延々黙祷してたりしていて、そんなスタッフがいたら、馬イラついて暴れだすで」と説得したが、佐藤助手の耳には届かない。
「勝った負けたの戦いの日々、家庭でも結局一人だし、新聞コラムにも“佐藤は変態だ”みたいなことを書く人もいるし、ああ、ヨハネ・パウロ2世みたいな人が厩舎にいたら、きっと癒されるだろうなあ」
呟き続ける淳ちゃんの両手がさりげなく胸の前で組まれていた。このとき結婚3年目だった佐藤助手、何かあったのかもしれない。その後すぐ「一生子供は作らない」と言っていた佐藤助手夫妻に子供が出来た。
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