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誰でしょう?
2013/01/08(Tue)
松田正則元厩務員縮小板
年末28日(東京大賞典の日を間違えて、失意のうちに園田行った日の前々日)川島信二騎手主催の「旧安藤厩舎忘年会」というのが栗東であった。
川島信二という騎手は若いのにえらいなあと思う。
もう5年以上前に解散した厩舎であり、番頭格だった安藤清治助手(安藤元調教師の長男)が40過ぎの若さで急逝し、柳田さんというスタッフ(ぼくはよく知らないが)も亡くなったそうだが、その人たちの慰霊も込めて、毎年、自分のデビューを支えてくれた厩舎の宴会を催している。

その宴会の席で偶然隣になったのが、この人だ。
(一番奥左で真面目そうに飲んでいるのは、当コーナーでも馴染みの、ちょっと変わったところのある現荒川厩舎・佐藤淳助手だ)
もう71歳だそうで、つまり6年前に定年退職している(安藤厩舎解散と共に退職したのかな?)わけだが、若い頃は京都競馬場付きの厩舎で下乗りもしていたという。
栗東トレセンは1970年だか、71年だかに開設されているが、それまで京都・阪神・中京と、競馬場付きで、競馬場の馬場を使って調教していた厩舎を栗東一カ所に集めたわけだ。
それは大変な難事業だったとは思うが、もういまとなっては栗東トレセン開設前の競馬場時代の厩舎を知っている人は、現役ではほとんどいないと思う。

この人は松田正則さんといって、最後は安藤厩舎の厩務員だった訳だが、京都競馬場時代の、武田文吾厩舎やシンザンの話なんかも色々聞かせてくれた。
松田さんも酔っ払っているし、聞くこっち側ももちろん酔っ払っているから、定かでないところも多いが、「昔はタイテエムを担当していた」と聞いたときにはビックリした。
タイテエムは昭和48年(1973年、天皇賞直前の皐月賞ではハイセイコーが勝って盛り上がった年だ)春の天皇賞を勝った馬だ。(厩舎がトレセンに移動してすぐの頃だった訳だ)
ロングエース、ランドプリンス、イシノヒカルと共に4強の一角と言われながら、クラシックはついに無縁に終わった(ダービーはロングエースの3着、菊花賞はイシノヒカルの2着)。
それが翌年の春の天皇賞でようやくGⅠ獲得となる(このあたり、昭和52年春天皇賞のテンポイントとよく似ている)。
四白流星(流星というよりサクというのか、幅広い白帯を持つ)のハデな馬で「貴公子」と呼ばれ、天皇賞を勝ったときには「無冠の貴公子に春が訪れます!」という、杉本アナの名フレーズの一つが出た。

調べてみると、タイテエムというのはいまの橋田調教師のお父さん、橋田俊三調教師が管理していたらしいから、この松田さんは安藤厩舎の前は橋田俊三厩舎に所属していたんだろう。
天皇賞勝ったときの騎手は須貝彦三、つまり昨年猛烈な勢いでブレイクした須貝尚介調教師のお父さんだ。
まあ、古い話やわなあ。
でも、古い話、特にトレセン開設以前の話を聞くというのは、驚きの連続で興味深いものがある。
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